気になるあの子……名前ちゃんと杠ちゃんの恋バナを聞いちゃったのは全然わざとじゃなくて偶然のことだった。いやジーマーで偶然なんだって。って別に誰かに言い訳してるんじゃないんだけど。
「ゲンと私じゃ住む世界が違うよ」
そんな発言聞いちゃったら俺だってもう動かざるを得ない。
だってあの子が恋バナという名のぶっちゃけトークで出したのは他でもない俺の名前で、ここまではオッケー。となると問題は後半になるわけで。
「名前ちゃん、明日の作業でちょっと相談したいんだけど」
真面目なあの子との時間を作るなら、仕事の話題が今んとこ一番。これまた偶然割り振られちゃった明日のドイヒー作業は名前ちゃんと一緒で、これは不幸中の幸いどころか寧ろたなぼたってやつ?
そのままの流れで夕飯を一緒に食べるとこまで漕ぎ着けたのは良いんたけども。
仕事の話が終わった後、彼女が口にするのは千空ちゃん大樹ちゃん杠ちゃんの話ばっかり。まぁ、同級生で交流があったって言うんだから当たり前か。
「それでね千空が……ゲン、もうお腹いっぱい?」
「んーん、ゆっくり食べよって思って」
「さっきから私ばっかり喋っててごめん、しかも人の話だし……」
自分には何もないから、喋ろうと思うと友達の話ばかりしてしまうと彼女はばつが悪そうに俯いた。
「そう?俺は好きだけどね〜名前ちゃんが話してくれる千空ちゃんのマル秘エピソードも大樹ちゃんと杠ちゃんの進展具合も」
でも欲を言うなら、俺は名前ちゃん自身の話を彼女の口から引き出したいんだよね。
「ゲンは優しいから……そういうふうに言ってくれるからつい話しちゃうみたい」
「そう言ってもらえると嬉しいね〜。あ、ねぇそれ好きなの?」
彼女の皿に残っている果物二切れ。好物は最後の最後までとっとくタイプだね。かわいい。もう何しててもかわいいな。
「うん。まだ手付けてないし、ゲンも食べる?美味しいよ」
「でも好きなんでしょ?」
「うん……好きだから」
好きだから。好き、だから。
グルグルと脳内で回る「好きだから」に、こんな状況でなければ頭を抱えて盛大に悶えてたとこだけど、好きな子の前でそんな失態は見せられない。
住む世界が違うだなんて、そんなことなくない?だって俺たちほとんど毎日顔を合わせて、同じもの食べて「美味しい」なんて言っちゃったりして、そうやって生活してるじゃない。
「じゃあもらっちゃお」
邪な思いなんて一つも持ち合わせてなさそうな彼女は崖の上に咲いてる真っ白な花みたいで、俺はそんな高嶺の花を独り占めしたくて堪らない。なんて、嘘でも口には出せないけど。
「良いよ。はい、あーん」
「……そ、そういうのはズルくない?」
お友達にはあんな事言っといて、手を伸ばせば届きそうな夢を俺に見させるなんて罪だよねえ。
甘そうな果実が刺さったフォークを差し出して笑う彼女の手のひらの上で、俺は今日もただ踊っている。
2021.5.5 『高嶺の花のワルツ』
back